魚を揚げる油の温度は170℃から180℃前後だろうか。
数字だけ見れば、かなりの高温だ。
しかし焼き魚と違って、魚の唐揚げはすぐには黒くならない。これはフライパンに直接当たっているからだけの違いなのか。
揚げると表面はゆっくり色づき、やがて香ばしい黄金色になる。
中は中で、案外しっとりしていたりもする。
揚げ物は油の料理のようでいて、実はそうでもない
魚の切り身を油に入れると、すぐに細かい泡が立ち始める。
小魚でも、粉を打った切り身でも、この景色はだいたい同じだ。
この泡は油が沸騰しているわけではない。
魚の中に含まれている水分が、蒸気になって外へ出てきている。
つまり揚げ鍋の中では、
油と水が同時に仕事をしている。
油は高温の環境を作り、
水はその中で魚の温度をゆっくり動かしている。
揚げ物は油の料理に見えるが、実際にはかなり水の料理でもある。
魚の中では静かなことが起きている
揚げ物というと激しい料理に見える。
油は沸き立ち、音も大きい。
とくに魚は水分が多いぶん、見た目にもにぎやかだ。
けれど食材の中では、実はそれほど激しいことは起きていない。
水分が蒸発しているあいだ、温度は思ったほど高くならない。
そのため、いきなり焦げることはなく、外側からゆっくり火が入っていく。
魚の揚げ物は、外と中の差がはっきり出る
魚の揚げ物のおもしろさは、外と中の差がかなり大きいところにもある。
外側は乾いていき、香ばしくなっていく。
一方で中にはまだ水分が残っている。
この差が、魚の唐揚げの魅力を作っている。
たとえば小魚の丸揚げでは、表面や骨のまわりまで乾燥が進みやすい。
だから頭や骨までバリバリ食べられることがある。
逆に、カジキや鮭のような厚みのある切り身では、中の水分がある程度残る。
だから外はカリッとしていても、中はややしっとりした食感にすることもできる。
同じ「揚げ魚」でも水分の残り方の違いが様々な顔を作ってくれる。
衣は食感だけのものではない
魚の揚げ物にはいくつかの方法がある。
素揚げ。
粉をまぶす揚げ方。
そしてバッター液を使う揚げ方。
これらは単なるレシピの違いではなく、魚のまわりにできる膜の違いでもある。
素揚げは素材そのもの。
粉は薄い衣をつくる。
バッター液は軽い殻のような衣になる。
この違いが、水分の抜け方や油との関係を少しずつ変えている。
小魚をそのまま揚げるのか。
切り身に粉を打つのか。
白身魚をバッターで包むのか。
その選択の違いは、単に見た目や食感の違いだけではなく、魚の水分をどう扱いたいかという違いでもある。
揚げ物は少し不思議な料理だ
魚の揚げ物を見ていると、揚げ物は油の料理だと思いながら、同時にそうでもない気がしてくる。
鍋の中で主役の一つになっているのは、
実は魚の中にある水でもあるからだ。
油は高温を作り、
水はその中で魚を守りながら火を通していく。
この二つの関係が、
あの独特の香ばしさと食感を生んでいる。
そしてそのバリエーションは無限になる。
これがサカナカラの自由を創り出している。